当初武士の参詣が多かったと伝えられますが、やがて江戸市中からは武士だけでなく、町人がこぞって参詣するようになります。社前では年末の一発勝負を賭けた辻賭博が開帳され、にぎわいました。しかし、安永年間に出された賭博禁止令を境に、その盛況は浅草へと移ってゆきます。
現在の浅草酉の市では、頭の芋を商う店は一軒だけになり、黄金餅(粟餅)は見当たりません。かわって、切山椒(きりさんしょ)と呼ばれるお菓子が名物です。